命には帰りたい場所がある。
Every life has a place it longs to return
日頃思っていることや、制作についてこだわっていること、メイキングなどを載せたくてブログを始めることにした。その記念すべき第一弾は富山のグラフィックの仲間(富山JAGDA)が毎年恒例に行っているポスターデザイン展(GREEN展)のために作った作品のメイキング。
今年、世界中の誰もがこんな年になるとは予想していなかった新型コロナウイルスによるパンデミック。現在もその真只中にいるわけだが、この世界を大きく変えた歴史的な出来事の体験者として、自分なりに何か作品として残したい。また、医療従事者への感謝と失われてゆく命(自然)への哀切な気持ちを重ね合わせた表現ができないか、との思いでホタルを使う案に行き着いた。困難な撮影が予想されることから、合成にでもしようかと思ったのだが、日頃自分が追い求めている常に本物を目指すとの思いから、実際にホタルを使って撮影することにした。
まずこの段階でカメラマンの室澤さんに相談した。これまで数多くの無理難題に付き合っていただいた方で、自分の作品には欠かせない本当に頼りになる人だ。色々とアドバイスをもらい撮影は6月末にすることになった。
ホタルはネットで販売していることは先に調べておいたので、早速ゲンジボタルを購入することにした。もうその時点ではゲンジボタルの発生限界になっていたのでギリギリだった。撮影の5日前にホタルが届いた。業者からは生きているのは1週間程度と言われていたので、少しでも長生きさせようとスイカをあたえることにした。これはネットに出ていた飼育観察日記を参考にした。ちなみに、ホタルは成虫になってからは何も食べずに水分だけを補給して生きているそうだ。その糖分補給?の甲斐あってか、撮影当日を迎えても結構元気に動き回っていた。
撮影はホタルが隠れて見つからなくならないよう適度に囲まれた密閉空間ができる自宅の部屋を使って夜の7時ごろから始めた。「指」のカットと「地図」のカットの2つを撮る予定で、まず「指」のカットから始めた。これは医療従事者の指を表しており、設定としては、病院の屋上から救われた命の燈(ともしび)を元の住んでいるところに還しているところを表している。指はハンドマネキン に医療用の手袋をつけた。背景は事前に市役所の屋上からブルーアワーの頃に撮った富山市街地の夜景を出力して使用した。いざ撮影を始めてみたものの、ある程度は予想していたのだが、ホタルが動き回って全く止まってくれない。スイカの汁などを指先に塗ってみたが全く効果はなかった。何回やっても同じだったので、何か弱い粘着性のあるもので少しの間だけでも止められないか、ということになった。それで、なるべく弱い粘着性になるようゴハン粒を練って水を加えて調整したものを使ってみることにした。すると、何とか止まってくれたが数秒経つともがいて逃れてしまう。ホタルはけっこう力が強いのだ。その数秒間を狙って撮影することにした。何回かトライしてようやく数枚撮ることができた。
次は地図のバージョンで、これは富山市のいたち川周辺の地図をベースとした。この地域を使用しようと思ったのは、富山市で少年時代を過ごした作家、宮本輝の芥川賞受賞作品「螢川」の舞台となったいたち川方面の地域だったからだ。偶然だが「指」のバージョンの夜景も同じ地域方面の夜景だった。設定としては、戻ってきた命、あるいは戻りたかった命といったことを表している。こちらの方も最初は1匹ずつゴハン粒の糊で動きを止めていたのだが、試しに全部そのまま置いて自由にさせてみたらどうかということになり、やってみると最初は動き回っていたものが、ある時急にみんな動きを止めてその場で光りだした。これは奇跡とも思える瞬間だった。慌てて室澤さんに何枚か撮ってもらった。努力をしていればこんな幸運なことも起こるのだ…。
生きたホタルを扱うのは本当に大変だった。指先でつまんでセッティングなどをするのだが思ったより柔らかく、繊細な力加減が要求されアブラ汗が滲んだ。根気と繊細さ、それと体力が要求される撮影が終わったのはもう夜の11時ごろになっていた。困難なことに挑み途中挫折しそうにもなったが何とか目的を達成できて、室澤さんと僕とで安堵感と達成感に包まれた。とても記念すべき一夜になった。